細菌が“逆境”でも生き抜く仕組みを最先端分析技術で解明、
数千種もの細胞内分子のデータを全世界に公開
〜4月27日付の米科学誌サイエンスに発表〜
慶應義塾大学先端生命科学研究所(山形県鶴岡市)は、最先端のバイオ技術を駆使して史上最大規模の細菌実験を実施し、その大量のデータを全世界に公開しました。この実験で、細菌は重要な遺伝子が働かなくなってしまっても、生き抜くために他の遺伝子群で代替するなどして代謝を安定に保つしたたかな戦略を持っているということが明らかになりました。これらの公開データを全世界の細菌学者に参考にしてもらうことによって、O157などの病原性細菌の研究にも貢献できるものと期待しています。
ヒトからバクテリアまですべての細胞は、糖をエネルギー分子のATPに変換する「エネルギー代謝」という機構を持っています。これは最も基本的な生命活動のひとつとされており、約100個の遺伝子で構成されています。
研究グループはまず、4288個ある大腸菌の遺伝子をひとつずつ欠失させた突然変異体を3984種類作成。その中からエネルギー代謝にかかわる遺伝子を欠失した大腸菌を選出しました。また、通常の菌体については、様々な異なる条件で生育させました。
これらの大腸菌の細胞内物質を、最先端の分析技術と遺伝子工学などのバイオテクノロジーを駆使して徹底分析し、数千種もの細胞内分子(580代謝物質、約1,000タンパク質、約4,000RNA)を網羅的に計測しました。さらに、代謝物質130種, タンパク質57種とRNA85種について詳細な解析を行ない、それらのデータをもとにエネルギー代謝の各ステップにおける代謝流束(酵素反応の速度)をコンピュータで計算しました(これらのデータはすべてWEBで公表を開始しました)。
その結果、エネルギー代謝のような重要プロセスを担っている遺伝子が欠失していても、細胞の生存に影響がないだけでなく、細胞内の各種の物質量の変化にもほとんど影響が出ませんでした。また、生育条件を変化させた場合、RNAやタンパク質の量は大きく変化しましたが、代謝物質の量ははほとんど変わりませんでした。このように、大腸菌は、状況に応じて様々な手段で代謝を安定に保っているということが世界で初めて定量的に実証されました。
この論文は米科学誌「サイエンス」2007年4 月27日号に掲載されました。サイエンスおよびScience Expressは世界最大の総合科学機関である米国科学振興協会(AAAS)により発行されています。
代謝物質の分析には研究グループが独自に開発した「メタボローム解析技術」を応用。キャピラリー電気泳動と質量分析計を組み合わせた「CE-MS」という技術で、同時に数千種類の代謝物質を測定できます。またタンパク質の解析にも独自に開発した測定技術を応用しました。これらの大規模な細胞分析の手法は、様々な分野での応用が期待できます。
現在、先端生命科学研究所では、がん細胞についても類似の実験を実施しており、栄養不足や低酸素などの“逆境”においてもしたたかに生き残るための様々な代謝の仕組みを検証中です。がん特有の代謝系を突き止め、その代謝系に特異的に働く抗がん剤を開発するなど、がん医療に貢献することが期待できます。
冨田勝先端生命科学研究所長は
「今回世界最大規模の細菌データを提供できたのは、我々が数年前から高効率・高性能な独自の解析基盤技術を数多く開発してきたからです。海外の最新技術をいち早く導入する“優等生的な”研究ではなく、全くオリジナルな独自技術に基づく研究成果をこれからも出し続けていきたいです。」
とコメントしています。
参考URL
http://www.sciencemag.org/current.dtl
慶應義塾大学先端生命科学研究所
TEL 0235−29−0802
http://www.iab.keio.ac.jp/